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実家の犬が踊る

狂人の真似とて大路を走らば、即ち狂人なり

映画「風立ちぬ」感想メモ

 今更ながら観た。感想のメモのようなもの。

  • ラストの情景への導入はとても良かった。呪われた夢の残骸を積み重ねた先にあるのは、最初に夢見た美しい草原であった、という下りの部分。
  • 地味に感動(?)したのは、登場人物のほぼ全員(日本人)が、歩くスピードが早かった事。あまり出てこなかったのでうろ覚えだが、登場していた外国人は基本的にゆったりと歩いている。この速度に関する描写は全体を通して様々な形での描かれていて、ドイツ視察中の会話に出てきた亀(先進国)に追いつけないアキレス(日本)であるし、飛行機を運ぶ牛のスピードであったり。
  • 本庄の「日本(の技術)は20年も遅れている」という台詞。20年の差を日本が全力で埋めようとしても、先進国はさらにその先に進んでしまい、一生追いつけない、一生早足で追いかけないといけないのではないかという不安を亀とアキレスの寓話に喩えているのだけど、二郎の「どうやったら亀になれるのか」という台詞は面白い。創造的人生が10年という期限付きであることを知っている二郎は、どこかでアキレスから亀への転換の必要を予感していたのかもしれない。
  • 二郎の台詞「牛がいるね」(飛行機の運搬に牛を使うという後進性の批判に対して)「でも、牛は好きだ」。(ドイツの飛行場の見学時に)「牛がいないね」。
  • カプローニ氏も夢の中では先頭を歩き、後ろを歩く二郎を煽り続ける案内人だったが、最終的には並んで歩き始めているのではないか。亀への転換。
  • 冒頭で言っていたけど、カプローニ氏の「これは私の夢だ」。その後に二郎が「私の夢でもあります」と答えるが、そのまんま読んでもいいのかもしれない。現実の展開される二郎の物語とは別の接続で、夢の世界における二郎は、先進性の亀であるカプローニを追いかけるアキレスとしての二郎ではなく、まだ見ぬ後進を見守り煽る亀になったカプローニなのではないかな。カプローニ=未来(太平洋戦争後)の二郎。ラストで夢と現実の世界が接続しているような感じで。
  • もう一度観たい。ソフト化がまだ先なら、もう一度観に行ってもいい気がする。

     

     

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