実家の犬が踊る

狂人の真似とて大路を走らば、即ち狂人なり

2018年の大傑作。映画「スリー・ビルボード」を観た。

 今年もまた、すさまじい映画に出会ってしまった。  

スリー・ビルボード (吹替版)

 まず、これは復讐と正義の燃え残りの話なのだと思った。自分の中では大ヒットの大傑作だったし、南部と南部の女はマジヤバい。

 物語の発端はタイトルの通り3枚の看板(スリービルボード)で、そのビルボードに対応するように3人の人物が物語を回している。娘を事件で失った母親のヘイズと町の不良警官ディクスンと警察署長の3人。

 閉鎖的で保守的な価値観の残る南部で未解決のまま放置された殺人事件に対し、ヘイズが3枚の道路看板に署長に抗議のメッセージを掲載する所から物語が動き出すんだけど、周囲の無理解と横柄な態度も大概なんですが、主人公のヘイズがそれに輪をかけて無茶をするんで目が離せない。ついカッとなって警察署を燃やしたりするから本当にヤバい。

 あと全体的に閉塞的な空気があって、どこかで嗅いだことのある「あっ、これ話が通じないやつだ」感もヒリヒリとした皮膚感のリアルさがある。途中まで70年代か80年代の話だと錯覚していたら、それを見計らったように「ネットでググる」って言葉が出てきて、ああこれ現代の話だったのか、現代の話なのかよ・・・! という気分にさせてくれる。

 あとこの映画で一番スゴイと思った所に、作中で描かれていない部分の語り方があって。たとえば、

・DV親父が暴れて主人公のヘイズを殴りそうになったら、無言で躊躇いなく父親の首元に包丁を背後から当てて制止する息子。

・冒頭で、娘が死んで7か月後に看板に気付く母親のヘイズ。

・あくまで病気を理由に××(伏字)したんだな、という署長の人柄の描写。

 とか。作中でそういうシーンがいくつもあるんだけど、不思議と唐突さを感じないし、以前からそうだったろうし、だから今も未来もそうなんだろう、という時間、経時の重みみたいな説得力がある。さりげなく描いているけど、これってとてもスゴイ表現力だと思っていて、DV親父がこれまで無数に暴力を振るってきていて、包丁を喉元に当てるまでしなければ止まらないということを息子が知っていないと、迷わずにできない行動だと思う。

 他にも主人公のヘイズがある日ふと道路脇の看板に気付く映画の冒頭。物語はまさにそのシーンから始まるんだけど、その後で娘の死から7か月経っていたことが分かって、そこで初めて7か月もの間、娘の死に囚われながらただ日々を送っていた事が、毎日車で通っていたであろう道路脇の看板に気付かなかったヘイズというディティールを遡及的に描いていたり。

 うーん、上手く説明できてないとは思うけど、最小限の情報(描写)で描写した以上の情報量を観客に想像させるのが上手いんですよ。圧縮した情報を叩きつけてくるというか。

 

 あと、署長の手紙のシーンはちょっと感動する。主人公の取った行動を褒めた上で、次の一手を打ってくれていたり、警官のディクスンに正義の心を覚醒させたり。でも町の住民からの人望はあって、人格者なのかもしれないけど、ずるいよなあとは思う。そんな風に登場人物に対して、短時間で絶妙な感情のアンバランスを出せる作り方がすごいという話でもあるんだけど。

 正直言って、主人公のやり方と思いにかなり共感があった。誰も相手にしないし動かないなら動くまで巻き込み続けるし、そういうやり方もあると理解できてしまう。だからこそ余計に、この映画とヘイズは最終的にどこへ向かうのだろう、と割と感情移入して観ていた部分もあった。

 そういう意味でも、ラストの展開は意外と言えば意外だったけど、でももう二人ともそうするしかない所まで来ているし、そこに至るのは復讐でもないし正義でもない。だけど同時に復讐であり正義なんだよなあ、とも思う。それを成した時に何があるかは関係なくて、それを成すことと成そうとすることに意味がある、そんな生き方と魂の置き場所の話。

 だから、だけどやっぱりこれは復讐と正義の燃え残りの話だ。ヘイズとディクスンの、そしてビルボードと警察署の。

  

 署長に感じる善性と狡さの話をしたけど、この映画内のあらゆる場面で各人の善意と悪意、あるいは弱さが遍在しているけれど、それぞれの登場人物が語りかける言い分と描かれる行動理由はどこまでもアンバランスだ。だけど、それぞれに前提と過去があり、そして行動と現在がある。後半での某人物の病室での振る舞いからの展開とか、良いシーンは良いシーンだけど、作中で少し良いことをしたとしても、そもそも今までがゲスだったのにそれがどうしたの? という冷めた思いもあるし、それこそが作中で一貫していたヘイズの視点だったのかもしれない。 

  ちゃんと伝えられているかは分からないけど、そういったことを柄にもなく、あーだこーだと深く考えさせられる良い映画だった。