実家の犬が踊る

狂人の真似とて大路を走らば、即ち狂人なり

寺山修司の亡霊と湿度。映画「あゝ、荒野 前編」を観た。

 寺山修司の同名小説の映画化。原作は未読。主演の一人は菅田将暉

あゝ、荒野 前篇

 感想。期待していたよりも面白かったし、それぞれの人間模様がインパクトのある群像劇だった。「書を捨てよ、町へ出よう」「家出のすすめ」なんかは読んだけど、寺山修司の作品(世界観)を平成の世の中に映画化して面白いのだろうか・・・と思っていたけど、そこはちゃんと工夫されていて安心した。原作の時代設定を、3.11を経た2021年の近未来設定へと大胆に置き換えた上で、複数の主人公がそれぞれの過去と悩みを抱えながら生きていく群像モノとして成立させている。頻発する爆破テロとか奨学金を免除する国際貢献プログラム(という名の徴兵制)なんかの世界観も上手く構築していて面白い。

 複数の主人公とは言っても、ストーリーは出所したばかりの新宿と吃音症のバリカンの2人の出会いと、ボクシングに2人が人生と目標(あるいは孤独や死)を見出していくのがメイン。バリカンの背景が異様にディティールと湿度があって、バリカン演じるヤン・イクチュンの演技も併せてとても印象的。バリカンに限らず、どの登場人物の人生にも過去と他者と共有できない孤独・コンプレックスがあって、それが直接語られずとも湿度として立ち上がってるのがとても良かった。ただこの空気が合わないと、地味で暗い意味不明な映画と化す感じも寺山修司的で、そういう意味では上手く映画化していると思う。

 そんな新宿やバリカン達とは一切関係なく、別に並行して自殺研究会というサークルの話があるんですが、そこに出てくる自殺研究会会長が、寺山修司の観念を煮詰めたような存在で、本当にこの映画の特異点というか、他の人と一切話が噛み合ってなくて異常に際立っていてヤバかった(誉め言葉)。本当に一人だけ時空がおかしくて、一人だけ昭和の、寺山修司の概念(亡霊)なんですよ!(笑) 自殺機械(ドローン)を作ったので自殺志願者を探すという目的で動き、彼が主催する自殺防止フェスティバルで暗黒舞踏を始めたり、誰からも一切共感されない演説をしたりして、そして最後は・・・本当に訳が分からなくて最高だった。自殺研究会のエピソードがいるかどうかというのは、この映画の評価に結構影響するとは思うけど(たぶんこのエピソードのおかげで、映画全体のテンポが悪くなっているのは確か)、でもこのエピソードが入ってないと、この映画の異常な面白さは形成されずに、普通にイイ映画でしかならなかったと思うので、個人的には一番の見所だと思っている。

あゝ、荒野 前篇

あゝ、荒野 前篇

 
あゝ、荒野 (特装版) DVD-BOX

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あゝ、荒野 (角川文庫)

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