実家の犬が踊る

狂人の真似とて大路を走らば、即ち狂人なり

見ているけれど見えてない世界。映画「イマジン」を観た。

 何気なく観たら、思いのほか素晴らしかったポーランドの映画。ラストは意外な展開と演出に少し鳥肌立った。そして、少しだけ考えさせられた、そんな映画だった。

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 修道院を間借りした盲学校(病院)が舞台で、主要人物のほとんどが視覚障害を持つ人たち。主人公のイアンはそんな子供たちの先生として院長に呼ばれたインストラクター。イアン自身も両目とも義眼の盲人で、自分の靴音などから周囲の地形を把握し、杖を使わずに歩くことのできる反響定位法(エコロケーション)のインストラクターだ。

  ヒロインであるエヴァはイアンの隣の部屋に住んでいる引きこもりで、窓際にやってくる鳥が唯一の楽しみなんだけど、そんなエヴァにイアンが干渉していくことで、エヴァがイアンを通して外の世界に興味を持っていくのが主なあらすじ。

 観る前は感動系のヒューマンドラマかと思っていたんだけど、とても素晴らしかったし、思っていたのとは違う角度で感動したし、面白かった。

 この映画の良さが端的に出ているシーンを紹介すると、序盤でイアンが管理人に「窓は壁で埋まっているけど隣に修道士が住んでいるから話し相手には困らない部屋」「窓から外は見えるが、隣に引きこもりの女性が住んでいるので話し相手のいない部屋」のどちらがいいかと聞かれるシーンがあって、その場でイアンは直接答えないんだけど、次の場面くらいでどちらの部屋を選んだか分かるというシーン。

 全て台詞(言葉)で表現しないで、次のシーンの切り替わりで観客に行間を読ませるというのは、映画や漫画の映像表現としてはよくある手法だと思うのだけど、この映画の場合そこに丁寧さを感じたし、目は見えないけど窓から外が見える事を選ぶ主人公の行動を通して、この映画が視覚障害者をどう捉えているかを端的に示している良いシーンだと思う。

 ネタバレになるから詳しくは触れないけど、ラストのシーンは2つの視点があって幻想的でもあり、現実的でもある。あの風景は誰の視点なのだろう、とふと思ってしまうバランス感覚と余韻がいい。

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 以下、少しだけ(?)ネタバレ。是非観てほしい。

  • ラストの船は驚いた。驚いたけど、これは本当に目の前に存在している船なのだろうかとも思った。つまり、船は存在するけど、いま自分の目の前に見えているのだろうか、という自問。
  • イアンやエヴァには船が見えている。作中でイアンが何度も言っているように、音や匂いから船の存在する世界(風景)を「想像(Imagine)」しているから。
  • 一方で、イアンの弁で言えば、カフェの常連は「目を開いているのに目の前にあるものが見えてない」という。
  • 作中で描かれているその齟齬って、カフェの常連への訊き方(この近くに港はあるのか?)の問題で、言葉のトリックって感じもする。
  • 私の言語の限界が私の世界の限界である。byヴィトゲンシュタイン
  • この言葉のトリックを生み出してしまったものって、イアンが盲学校で教えていたこと(想像するんだ)の側面というのが面白い。
  • そこに花が咲いていなくても花の香りがすれば、(目の見えない)自分の世界では花が咲いている、と想像力を働かせるんだという考え方こそが、イアン流の希望や人生の楽しみの持ち方であり、子供たちに伝えたかったことだったのだ。
  • 結果としてひきこもっていたエヴァを外に連れ出したイアンの人生を楽しむという哲学は、そうでも考えなければ、とてもじゃないが生きていけないというイアンにとっての悲しみでもあるように見えた。
  • 中盤くらいで、イアンがみんなから嘘つきと誤解されるような展開が続くのだけど、それがイアン流の世界の解釈の仕方であるということもだんだんと見えてきて、その辺りのバランス感覚は上手い。
  • あと、この映画のバランス感覚が絶妙だと思うのは、イアンが 絶対の存在ではないということ。超人ではなく、歩けば穴にも落ちるし、やはり健常者と同じかそれ以上に怪我する危険性を抱えている、あくまで普通の人間として描かれている。それでもイアンが危険や怪我を恐れずに積極的に外に出るのは、それ以上の喜びがあることを知っているからだ。
  • イアンの反対側である院長の意見も、事故で足を切断してしまった視覚障害者を示すことで、危険なものに触れさせないという院長の主張もうまく納得させている。
  • 後半でイアンがエヴァに示した世界(サクランボの木、窓辺の鳥など)の正体がひとつひとつ明かされているのだけど、それは目の開いている者にとっては嘘であったのだけど、エヴァにとっては単なる嘘ではなかったし、部屋の外に広がる素晴らしい世界の一端でもあったのだ。
  • 船は実在するのか分からない。でも我々はどちらを選択するのか、どちらの方が素晴らしいと感じるか、そう問いかけているような映画。 
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