実家の犬が踊る

狂人の真似とて大路を走らば、即ち狂人なり

映画「エヴェレスト~神々の山嶺~」を観た(後半部だけネタバレあり)。

なぜ山に登るのか。

ある有名な登山家はこう答えた。

「そこに山があるからだ」

また、ある登山家はこう答えた。

「そこに山があるからじゃない。ここに、おれがいるからだ」

この映画は、この物語はそんな話である。

【チラシ付映画パンフレット】 『エヴェレスト 神々の山嶺』 出演:岡田准一.阿部寛.佐々木蔵之介

 いやー、ついに公開しましたよ。好きな作家である夢枕獏の名作が実写化ということで楽しみにしていた作品でした。

神々の山嶺(上) (集英社文庫)

神々の山嶺(上) (集英社文庫)

 

  映画広告が公開された時点ではハリウッド映画の「エベレスト」と広告が並んでいたので、「こんな真っ向からぶつけていくとは・・・大丈夫か?」と心配していたんですが、結果として半年くらい公開がズレていたんでよかった。 

 一言で言えば、骨太の、良い映画だった。「神々の山嶺」をどう実写化するのかという不安を余裕で払拭してくれていた出来なので満足している。文庫で上下巻のボリュームの原作を、上手く脚本に落とし込んだなという印象。

  しかし、脚本処理の上手さの反面、原作(夢枕獏)ファンから見た時、何がテーマであるかが少し曖昧になっていたという気はする。もちろん映画は映画で、監督や脚本の意図するテーマがあって構成されているので文句はないが、その辺りの差異について、原作ファンとしては説明しておきたい。

 実は、この映画における主役は「山(エヴェレスト)」あるいは「山に挑む天才(羽生=阿部寛)」であり、原作は「山を降りた凡人(深町=岡田将生)」に焦点が当たっているのが大きな違いだ。

 もちろん、映画でも原作のストーリーラインに沿っているので、主人公(視点)は深町で、羽生の背中を追う者であり、エヴェレストと羽生の闘いの見届けようとする者ではある。しかし、作中では羽生の、ストイックな求道者としてのカッコよさが描かれているけど、深町としてのカッコよさが描かれているかというと、少し疑問だった。もちろん、俳優の岡田准一のワイルドカッコよさは出ていたが、深町としてのカッコよさは引き出されていなかったのではないかと思う。

 おそらく尺の都合もあるのだけど、羽生も深町も掘れば掘るほど人間臭いエピソードのバックボーンがあるのだ。その辺りを加味すると映画をより深く味わえると思う。もちろん、原作未読でも全体として良い映画には間違いない。しかし、原作を読んだ上だとさらに感動できる映画なのである。少なくとも自分にはそうだった。ラスト近辺の流れはめちゃくちゃ感動したんだけど、自分が感動した部分は映画内では一切描かれてないという不思議な状況だったのだ。

  映画内のことを語ればネタバレになることもあるが、映画外の部分、つまり映画ではカットされた原作の部分を少し語りたい。そういう意味で、以下は広義の意味でややネタバレする。

 

  •  羽生が天才クライマーというのはご存知の通りだが、映画では深町が凡人クライマーであるということはほぼ描かれていない。そこを掘り下げることで、この映画はさらに深みを帯びる。
  • この作品(原作)の本質的なテーマは天才と凡人の対比の中で、一度は挫折した凡人がもう一度立ち上がり挑戦するという、そういう物語なのだ。
  • 深町という男は、山に登るということに一度挫折した人間なのである。何故挫折したかというと、深町は羽生のような天才ではなく、凡人だったから。
  • 周囲の山仲間も家庭を持ったりそれぞれの事情で山を離れていく中、仲間たちと集まっても今度登る山ではなく過去に登った山が懐かしい思い出として語られていく中、深町は一人、山にしがみ続けるように、山に関われる仕事としてカメラマンの道を選び、山にしがみ続ける。この辺りの下りは趣味を持っている人なら多少なりとも共感持たれるのではないかと思う。
  • そんな深町がふとしたきっかけで羽生丈二という天才クライマーと出会い、羽生の背中を追いかけてエヴェレストに登る。その過程で深町は羽生という人間を知っていく。
  • 羽生は天才だったが、不遇の天才だった。羽生には何もない。幼い頃に両親を失った羽生には山しかなかった。金がないから、環境に恵まれないから山に登れない。そんな逆境をはねのけるように、あるいは山に憑かれたように羽生は前人未到の挑戦を繰り返していく。「生きて下山できなければゴミだ」という台詞も熱い。羽生が才能に恵まれた天才ではなく、それしか残されていなかった故の狂気にも似た才能であるということを深町は知る。
  •  エヴェレストでの展開は映画で観た通りではあるが、深町を助けたが故にああなった(かもしれない)羽生と、途中でリタイアせざるをえなかった深町が再びエヴェレストに挑戦し、羽生と再会し、羽生を連れて下山するあの展開は本当に激アツである
  • 生きて下山できなければゴミとまで言い放った羽生の生き様は、どこか山で死に場所を求めているようでもあり、山に才能があったが故に山で死に、山に挫折した凡人の深町は、最後に生きて下山することを決意する。深町のこの決断は、それまでの過程を織り込んだ上の決断で、本当に、この対比は美しさすらある。
  • 夢枕獏は本当に天才と凡人(賛歌)を書くのがうまい。興味持たれた方は是非、原作版も読んでほしい。映画ではカットされた無酸素の下りとか、グルカ兵とか多少冗長に感じるかもしれないが、夢枕獏の文体なので読みやすいと思う。
エヴェレスト 神々の山嶺 (角川文庫)
 

谷口ジロー絵の渋い漫画版もオススメ。 

神々の山嶺 全5巻セット (集英社文庫―コミック版)

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